2018年4月21日土曜日

結婚記念日のために・・温かい捧げもの

土曜日、徹夜明けに奉仕に向かう。
聖書を読み、夫婦で祈る。
時間がない、

JRに乗り、博多で乗り換え、飯塚へ。
回転寿司で食事をして、会場へ。
いつものように先に謝礼をくださる。
そのとき、お土産を買ってくださいと別の封筒もくださる。
裏には結婚記念日 おめでとうございます。
遅くなりましたが、お食事でもして下さい。
と書いてありました。

歳をとったのかもしれません、
涙が出そうになりました。
今年の結婚記念日は、私は東京、妻は長崎で、
2人で祈る時間もほとんどありませんでした。

本来受難日が結婚記念日なので、
17日にはこだわっていないのですが、
やはり心の片隅で、
食事どころではない状況なので、
とても辛い思いをしていました。
特に妻は本当にきついと思います。

なので、この捧げものに、
とても深く神様の愛を感じました。

感謝します。
心から、ありがとうございます。
いつも奉仕して、こちらが主の祝福をいただくばかりです。

isaiah

2018年4月14日土曜日

ありがとう、フィリピンの青年たち

3月14日土曜日、
つまり今日、午後6時から、
4月と5月に帰国するフィリピンの若者たちの
お別れコンサートというか、
証し会の時を持ちました。

たくさん笑って、たくさん泣ける、感動の時でした。

日本に来て、文化も言葉も環境も違う中で、
戸惑いながら、ホームシックにかかり、
日本に教会はないと思っていたら、
見つかった教会、

そこで沢山の仲間たちに出会い、
いないと思っていた日本のクリスチャンにも出会い
神の家族の温かさを知った彼ら、

彼らは日本人の牧師である私にとつて、
神様からの贈り物でした。
彼らにメッセージを語りながら、
何度励まされ、
何度力づけられたか、

君たちの笑顔と眼差しは、
私にとって大きな希望でした。

沢ならとは言わずに、
ありがとう、そう伝えたい。

必ず、君たちと一緒に主のために働ける時が来る。
フィリピンで、
日本で、
世界のどこで、
そしてイスラエルで、

私は、信じている。

isaiah

2018年4月7日土曜日

友からの手紙

3/27に西坂であった大学時代の友から手紙と、その時撮った写真が送られてきました。

大学聖研の後輩です。
奥様と子どもとともに、信仰を今も持ち続けながら
随分と長い間、戦いを続けてきたようです。

愛するということは、一時的な感情ではありません、
最もきつい時や投げ出したくなるときに、
それでもしっかりと受け止めて、一緒に戦うことだと思います。
それは、こうして書いたり言ったりするのは簡単だけど、
実際に一緒に生き続けることは、そんなに楽なことではありません。

彼は、それをしてきたのです。
しかも教会の中で、癒されず誤解を受け、
信仰が足りないと言われながら・・・

彼が今もキリストを信じて愛していることが・・・
私には驚きであり、感動です。

彼は学生の頃から、いつも笑顔でした。
今も彼は笑顔です。

彼も私も太りました。
顔もアゴも太りました。
笑顔も柔らかい分厚い笑顔になりました。

彼と久しぶりに出会えたことは、
神様から私へのとても深い慰め、励ましでした。

isaiah

2018年4月4日水曜日

大村に来られた年配の婦人たち

今日、大村に行きました。
JK牧師宅で持たれた集会には、
いつも来てくださるご年配のKさんと
そのお友達で私の母と同学年のMさんも
初めて来てくださいました。

平均年齢が少し高い集まりでしたが、
とても祝福され、
JKさんのお話がとても良かったと
Mさんが聞き入っておられました。

私も母のことからはじめ、
天国のこと、
そして十字架のことを語りました。

次回も期待ということで
来月の集会の日程が決まりました。

5月8日火曜日の夕方になりました。
大村にお知り合いがいれば、ぜひお誘いください。

isaiah

2018年4月2日月曜日

みことばを宣べ伝える伝道者への招き Re: 1日の日記

みことばを宣べ伝えなさい。
時が良くても悪くてもしっかりやりなさい。
   新約聖書 第二 テモテ 4章2節

あなたはどのような場合にも慎み、困難に耐え、
伝道者として働き、
自分の務めを十分に果たしなさい。
  新約聖書 第二テモテ 4章5節

毎日、十字架を語り福音を宣べ伝えようと思ったら、
今日、4/1のディボーションが、上に書いたみことばだった。
こんなに明確に語られたのは、久しぶりだ。
嬉しかったというより、驚いた。

やはり、みことばを語る宣べ伝えることが自分の使命であり、
伝道することが、どうしてもしなければならないことなのだと思う。

具体的にどうすればいいのだろう。

と思っていたら、
夜、アンテオケの礼拝を長崎教会で観ていたら、
マーリンさんを偲ぶ会で、マーリンさんが言っていた。
「100万人をイエス様のもとに連れてくることは、どうしたらいいのか。
イエス様に願い、求める、祈ること、私たちのうちにいるイエス様、聖霊様には不可能はないのだから。」

とにかく真剣に祈り始めよう。
必ず神様が語り導いてくださり、
十字架を語り、福音を宣べ伝える道を示して
大いなる救いを与えてくださる。

私は信じている。

2018年3月31日土曜日

新たな出発ー十字架の愛を語り書き続ける。

久しぶりに更新します。

今日は、息子がコンサートを企画して友達が20人近く来ました。
高校の友達も中学時代の仲間も、後輩も、男の子も女の子も、来てくれました。

そこで十字架の話をするように依頼を受けました。
15分でするように頼まれたのですが、
30分近く、25分ぐらい話してしまいました。
いつもは短いのに・・・
でも、最後まで真剣に聞いてくれた子たちが何人かいました。
途中でキツそうな子もいましたが・・・

やはり、毎日十字架を語り、書いていないといけないなーと
深く反省し、悔い改めて、
これから十字架を書き始めたいと思います。
若い方にも、年配の方にも、
どんな立場の人にも、
十字架の福音、救いが届くように伝えたいと思います。

isaiah

2018年1月29日月曜日

死の後に、火の池に投げ込まれてしまう!!!

ヨハネの黙示録20章の最後に、
「このいのちの書に名がしるされていない者はみな、火の池に投げ込まれた。」
と書いてあります。
このいのちの書に名がしるされていない者というのは、イエス・キリストを信じていない者のことです。
つまり、イエス・キリストを信じていなければ、死の後に火の池に投げ込まれてしまうのです。もう死んでいるから熱くないと思わないでください。この地上の身体は焼かれても霊は残り存在しています。

イエス・キリストを信じているものは、新しい朽ちない強い完全ないからだを頂いて復活するのです。

イエス・キリストの十字架には私たち人間の罪を贖い赦す力があります。ですから、このイエス・キリストの十字架を悔い改めて信じれば、この復活の命、復活のからだに預かれるのです。それ以外には助かる道はありません。
信じていなければ火の池に例外なく投げ込まれてしまうのです。

Isaiah M K